こんばっぱー。さーもんです。蠱惑されたい。小悪魔に振り回されたい。そうだよな。
ゲーム日記!
モンハンと並行して遊ぶためにアクションゲームを避けてアドベンチャー中心にいくつかスプリングセールでゲームを購入したというお話を先日したかと思います。そのうちの一本を昨日クリアしましたのでその感想。
遊んだゲームは「存在/しないあなた、と私」というビジュアルノベル。
Steamリンクは以下に。
ネタバレ注意で感想など!
いわゆるDDLC系のメタフィクションを利用した美少女の出てくるビジュアルノベル。とはいえ精神的恐怖要素はほぼないかと。
2〜3時間でクリアできる代わりにセーブ機能はないので、気になったら一気にやっちゃってくれな。まあこの辺は200円ちょっとで買える値段相応な部分かなと。
ただ値段不相応にすごい部分もあって、中国のゲームだけどヒロインのリリスに関しては日本語でフルボイスなのです。この手のゲームでフルボイスはかなりすごい。さらに翻訳もめちゃめちゃ自然。どうやら翻訳した方と声優さんが同じらしく機械翻訳な感じに邪魔されずに会話を楽しめます。
さらには劇中でオリジナル曲が流れてそれもちゃんと日本語版が用意されているという。すごいの一言だよこれは。
リリスとの会話の内容に関しては軽めに哲学的で理解しやすく話していける感じ。特徴としては最初からこれはゲームだということを明言してることかなあと思います。
オプション画面もカーソル合わせたところによってリリスがメッセージを出してくれて面白い。
ゲームの構造として、このゲームの主人公とそれを操作してる現実世界のプレイヤーのどちらもをリリスは認識していて、小悪魔的に振る舞いながらも優しく受け止めてくれるつくりになっています。
ただこのゲーム内の主人公というのがかなり曲者で、おそらくは何かしらの名前がつく精神状態にあります。
部屋の中の家具たちが喋り出すし、支離滅裂な選択肢は多いし、部屋の外に出ることや部屋の外の人と話すことを非常に恐れ、観覧車の中では自身の絶望を吐露する。

もしもこのゲーム内の主人公の描写にさらに力を入れていれば上質なサイコホラーになっていたことでしょう。……その場合自分は怖すぎてプレイできてない気がするけど。
ただまあそこまで振り切ってはないし、プレイヤーに語りかける方面のメタフィクションにも振り切ってるかと言われるとそうでもない。割と中途半端。どっちもやり切るには短編すぎるという事情があるかと思います。
しかしながらこのゲームの本質って多分サイコホラーとメタフィクションのどちらでもなくて、そのどちらもを通じて「当たり前だけど忘れがちなこと」を再認識させることが主題なのかなと思っています。
その主題についてはゲーム内で丁寧に語られておりますね。
まず「自我」があり、その「主観」によってわれわれは自己と他者とを区分し、他者をカテゴライズしていく。
しかし、主観によって勝手にカテゴライズした他者もそれぞれ「自我=主体性」を持っているから、異なる自我同士で対立・軋轢が生まれる。
そのために社会規範・ルールが存在する。
他者をどうカテゴライズするのも自由だが、その自由には責任が伴う。

こうして文字にして振り返ってみると、「自己と他者の境界」や「自由と責任」、「社会的規範がある理由」と倫理という教科の入り口として非常にスッキリしてわかりやすくなってるなあというのを感じます。
そしてそれをわかりやすくするためにリリスがいる。リリスはプレイヤーが「そこに存在する」と思えば存在してくれる存在。こちらの主体性を傷つけることなく存在してくれる他者。そのリリスとの対話によって自己を確立していける。


ことここに至るとセーブかできず、ゲームを落としてもう一度起動すると最初からになるのも意味があることに思えてきます。
普段はリリスの存在を必要としてなくても、何かに傷つき落ち込み、自分ってなんだっけ?他人ってなんだっけ?となった時にこのゲームを起動すると、リリスとのケーキ作りやゲームプレイを通して再び丁寧にそれらの疑問を解説してくれる。そして最後には望む限りリリスと対話できるパートが待っている。いつか現実に戻ってもいいと思えたらゲームを落としてまた会おうね。そういう構成を狙ってるのかなあと思いました。

うむ。こうして記事として感想書いていくうちによりこのゲームへの理解が深まり面白いゲームだったなあという気持ちになれました。
では!今日はこの辺りで!まだ明日お会いしましょうね。